はじめに
入社や転職の際に、入社書類の一つとして提出を求められる「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」。年末調整の書類の一つとしても提出します。労働者の全員が提出の対象者であるものの、この書類の内容や使途をはっきりご存知の方は少ないのではないでしょうか。
労務と税務にまたがる重要書類である「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」ですが、書類名が長くて難解である一方、実は労働者にとっては所得税の負担を軽減してくれる内容の書類です。また昨今のコロナ禍に端を発する行政のデジタル改革により、2020年10月から電子申請も可能になっており、今後押印も廃止される予定です。
今回は「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」について解説します!
「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」とは
この申告書は、所得控除にまつわる申告書です。扶養する人が増える、災害で被害を受ける、保険料を支払うなどする際の「負担の軽減」という趣旨で給与総額から一部を控除し、その部分には税金がかからないようにしてくれるのが「所得控除」の仕組みです。
「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」とは、「自分の(既存社員の場合は、来年の)家族構成を事前に伝えて、月々の給与から概算の所得税額を差し引く(源泉徴収)ため」の書類です。給与について扶養控除、障害者控除などの控除を受けるために提出します。この申告書は、源泉控除対象配偶者、障害者に該当する同一生計配偶者及び扶養親族に該当する人がいない人も提出する必要があります。
そのため、その年の最初の給与の支払を受ける日の前日までに、給与の支払者に提出しなければなりません。提出後、記載内容に異動があったときは、別に異動申告書を提出するか、あるいはこの申告書の該当項目を異動後の内容に補正します。
転職した人や副業・兼業を行っている人は?
年の中途で就職した人で前職のある人は、前の勤務先から交付を受けた源泉徴収票などを添付する必要があります。また、年の中途で従たる給与を主たる給与に変更した人は、変更前の主たる給与の支払者から交付を受けた源泉徴収票などを添付します。
原則として2か所以上から給与の支払いを受けている場合にはそのうちの一箇所(主たる給与の支払者)にしか提出ができません。
出さないとどうなる?
前述の通りこの申告書は、扶養親族や源泉控除対象配偶者などがいない人でも提出しなければならないこととされており、この申告書の提出のない人が支払を受ける給与等については、税額表の「乙」欄が適用されることになります(この申告書を提出した場合よりも高い税率が適用されます。)ので、この申告書を提出できる人(主たる給与等の支払者から給与等の支払を受ける人)についてはこれを提出するよう指導しなければなりません。
また「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」について「税務署長宛になっているのに、自分の提出した書類がなぜかずっと会社で保管されている…」と違和感を持たれた方も少なくないと考えます。この書類は、形式上は給与の支払者を経由して税務署長及び市区町村長へ提出することになっていますが、給与の支払者は、税務署長及び市区町村長から特に提出を求められた場合以外は、提出する必要はありません(給与の支払者がそのまま保管しておくことになっています)。「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」の提出を受けた給与の支払者は、その書類の提出期限の属する年の翌年1月10日の翌日から7年間保存する必要があります。
月々粗々控除した所得税額を、年末調整で確定します
使用者は、毎月労働者に給与を支払うと同時に、納める所得税の額を粗々計算し、天引きしています。1年間の給与総額が確定する年末に、差額を「調整」して年明けに納税するのが「年末調整」です。取り過ぎなら還付、少なければ追加徴収する仕組みとなり、12月の給与の変動要素の一つとなっています。
そのため、年末調整には「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」で申告した内容が反映されなければなりません。
その他年末調整の際に提出が必要な書類として、「給与所得者の保険料控除申請書」「給与所得者の配偶者控除申請書」があります。生命保険や地震保険、年金保険に加入している場合の保険料などを記入したり、本人の所得と配偶者の所得、控除額を計算したりしていく書類です。
「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」で申告する控除にはどのような種類がある?
障害者控除、寡婦控除、寡夫控除、勤労学生控除、扶養控除といった控除の種類があります。
・障害者控除:本人または同一生計配偶者、扶養親族に障害がある場合等
・寡婦控除、寡夫控除:配偶者と死別・離婚した後婚姻をしておらず、所得が一定の基準に満たない場合、ひとり親である場合等
・勤労学生控除:大学などの生徒や専門学校の訓練生でありながら自分の勤労に基づいた所得があり、所得が一定の基準に満たない場合等
・扶養控除:16歳以上の子供や、老人などを扶養している場合等
よくあるQ&A
・なぜ入社時に回収するのか?(年末調整のときに回収すればいいのでは?)
前述の通り、この書類は年末調整の控除確定時だけでなく、月々の賃金支払い時、粗々の金額を予め控除するときにも利用します。そのため使用者がその従業員に最初の賃金を支払う日の前日までに提出する必要があります。
・押印は必要?
電子申請の際は、個別の従業員の押印は不要とされていましたが、作成者の電子署名を付す又はパスワードを設定して提出することが求められていました。しかし令和3年度税制改革により、2021年4月1日以後に提出する書類の押印は廃止される見込みです。
・マイナンバーの記入は必要?
2016年1月以後に提出を受けるものについて、従業員本人、控除対象となる配偶者、控除対象扶養親族等のマイナンバー(個人番号)を記載してもらう必要があります。
おわりに
「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」が、従業員の節税に大きく寄与する書類であること、事業主にとっても源泉徴収という法令で定められた義務を果たすために大切な書類であることがご理解いただけましたでしょうか。「従業員がなかなか期日までにこの書類を提出しない・・・」という場合は、対象の方が内容をよく理解できていないケースが大半であると考えます。入社書類の一つとして形式的にやりとりするのではなく、内容理解を促しながらスムーズに提出・回収等の対応をいただきたいと考えます。
【執筆者プロフィール】
寺島 有紀
寺島戦略社会保険労務士事務所 所長 社会保険労務士。
一橋大学商学部 卒業。
新卒で楽天株式会社に入社後、社内規程策定、国内・海外子会社等へのローカライズ・適用などの内部統制業務や社内コンプライアンス教育等に従事。在職中に社会保険労務士国家試験に合格後、社会保険労務士事務所に勤務し、ベンチャー・中小企業から一部上場企業まで国内労働法改正対応や海外進出企業の労務アドバイザリー等に従事。
現在は、社会保険労務士としてベンチャー企業のIPO労務コンプライアンス対応から企業の海外進出労務体制構築等、国内・海外両面から幅広く人事労務コンサルティングを行っている。
2020年9月15日、「IPOをめざす起業のしかた・経営のポイント いちばん最初に読む本」(アニモ出版)が発売されました。
その他:
2020年7月3日に「Q&Aでわかる テレワークの労務・法務・情報セキュリティ」が発売されました。代表寺島は第1章労務パートを執筆しています。
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