1、はじめに
令和3年度の労働保険料の「年度更新」の時期が近づいています。
年度更新では、事業主は、新年度の概算保険料を納付するための申告・納付と、前年度の保険料を精算するための確定保険料の申告・納付の手続を一緒に行うことになっています。毎年原則として6月1日から7月10日までの間にこの手続を行うこととされており、その年のカレンダ―に合わせて〆切が前後します。石綿健康被害救済法に基づく一般拠出金も、年度更新の際に労働保険料と併せて申告・納付することとなっております。
年度更新については、考え方をしっかり理解し、申告・納期限を押さえましょう。毎年5月末頃に厚生労働省から緑色の封筒で申告書類が届きます。申告には期限がありますので、期限内に申告・納付ができるようすぐに開封してください。
6月~7月にかけては労働保険料の年度更新だけでなく、社会保険の標準報酬月額の決定に伴う「算定基礎届」の提出、また対象企業であれば高年齢者・障害者雇用状況報告(通称ロクイチ報告)の対応も必要であり、イベントが多いです。新任の人事・給与担当の方が悩まされる場面も多いと考えますが、一つひとつは決して難しい対応ではありません。
今回は労働保険の年度更新について解説します!
2、労働保険料制度の概要、対象労働者と賃金の範囲、保険料について
■労働保険料制度の概要
労働保険とは労働者災害補償保険(一般に「労災保険」といいます。) と雇用保険とを総称した言葉です。 労災保険と雇用保険の保険給付は両保険制度で別個に行われていますが、保険料の納付等については一体のものとして取り扱われています。(建設事業や林業における木の伐採のように事業の期間が予定されている「有期事業」であれば、有期事業は労災・雇用保険を別個に扱う必要がありますが、ここでは一般的な「継続事業」を前提にします)
労働保険の保険料は、毎年4月1日から翌年3月31日までの1年間を保険年度とし、その間で全ての労働者(雇用保険については被保険者)に支払われる賃金の総額に、その事業の種類ごとに定められた保険料率を乗じて算定します。
■対象労働者の範囲
ここで、労災保険、雇用保険で対象となる労働者の範囲が異なることに注意が必要です。
労災保険は、常用、日雇、パート、アルバイト、派遣等、名称や雇用形態にかかわらず労働の対象として賃金を受けるすべての労働者が対象になります。そのため、労災保険分については、申告の前の保険年度に使用したすべての労働者に支払われた人数および賃金の総額(賞与、通勤費含む)の申告が必要です。
一方雇用保険は、名称や雇用形態にかかわらず、「1週間の所定労働時間が20時間以上であり、 31日以上の雇用見込みがある場合」には原則として被保険者となります。そのため雇用保険分では、労災保険分のうち、雇用保険被保険者の数、および支払った賃金の総額を申告します。
■対象となる「賃金」の範囲
労働保険における賃金総額とは、事業主がその事業に使用する労働者(年度途中の退職者を含みます)に対して賃金、手当、賞与、その他名称のいかんを問わず労働の対償として支払うすべてのもので、税金その他社会保険料等を控除する前の支払い総額をいいます。
一方で、実費弁償的なもの、使用者が恩恵的に支払うものに対しては賃金とされません。
具体的には、基本賃金、賞与、通勤手当、残業代などは労働の対象として賃金とされますし、実費弁償と考えられる出張旅費や宿泊費、赴任手当等は賃金とされません。また恩恵的に支給される結婚祝金や死亡弔慰金、災害見舞金は賃金とされないことにも確認が必要です。
■保険料率について
各企業に送付される緑色の封筒に入っている申告書には、すでに労働保険料(労災保険分、雇用保険分)の保険料率が印字されています。上記を前提に集計した「算定基礎額」と、申告書に印字されている料率をもとに、確定保険料、一般拠出金を算出します。(一定規模以上の企業においては、労災を起こさない事業所ほど労災保険料率が優遇されるメリット制が適用されています。) また、一般拠出金については「石綿による健康被害の救済に関する法律」により、石綿(アスベスト)健康被害者の救済費用に充てるため、事業主の方にご負担いただくものです。料率は業種問わず一律1,000分の0.02です。
3、実際の申告の流れは?
労働保険料・一般拠出金の申告を行う場合の大きな流れは以下の通りです。
①確定保険料・一般拠出金算定基礎賃金集計表の作成
令和2年4月1日から令和3年3月31日まで に使用した全ての労働者に支払った賃金(令和3年3月31日までに支払いが確定しているが、 実際の支払いは同年4月1日以降になる場合も 含みます。)の総額を記入します。
人数については、労災保険および一般拠出金の対象労働者、雇用保険の被保険者の範囲を記入し、各月の合計を12で割ります。念のため、雇用保険の対象者すべてにおいて、被保険者資格取得届の提出漏れがないかは再度ご確認いただくことが良いと考えます。
②申告書の記入
「確定保険料・一般拠出金算定基礎賃金集計 表」で算出した確定保険料及び一般拠出金の算定基礎額を転記し、確定保険料と一般拠出金の額を計算します。
概算保険料についても計算し、確定保険料額 と昨年度申告した概算保険料額(申告済概算保険料額)との過不足を計算して、申告書を完成させます。
納付額は、「今年度の確定保険料から、前年度の納付済み概算保険料を減じた過不足額」および「今年度申告する概算保険料」と「一般拠出金」を足し上げた金額ということになります。金額を記入する際、必ず「¥の横一本少ない記号」を記入します。
今回の概算保険料の総額が40万円以上の場合、これを3回に分けて納付することが可能です。
③申告書の提出、保険料・一般拠出金の納付
提出の際は、申告書の1枚目「提出用」を管轄の労働局や労働基準監督署ほか、金融機関や受付機関に提出します。申告書の2枚目の「事業主控」は大切に保管します。(「事業主控」に受付印が必要な場合は、申告書の1枚目〔提出用〕と一緒に労働 局又は労働基準監督署へご提出します。)
納付の際は、領収済通知書(納付書)を申告書から切り離さずに、金融機関へご提出いただき、 併せて保険料・一般拠出金を納付します。口座振替やe-govの電子申請・電子納付も可能です。
手続きが遅れますと政府が対象企業の労働保険料・一般拠出金の額を決定します。納付の際には追徴金(納付すべき労働保険料・一般拠出金の10%)が課されることがありますので注意が必要です。
4、おわりに
事業主から納付された保険料は、労災保険料であれば、労働者が仕事や通勤で負傷、病気になった場合の保護に必要な給付や、被災労働者の円滑な社会復帰等に充てられますし、雇用保険料であれば、失業等給付、コロナ禍で需要の多い雇用調整助成金を含む雇用保険二事業等に充てられます。
使用者にとっても労働者にとっても、労災保険・雇用保険は有事の際にとても心強い制度であり、労働保険の年度更新の適切な対応は、労働保険制度の健全な運営、費用の公平負担、労働者の福祉の向上等の観点から極めて重要です。
義務だからと後ろ向きな姿勢で年度更新・納付を行うのではなく、保険料の使途や制度の目的を理解し、積極的な対応をいただきたいと考えます!
【執筆者プロフィール】
寺島 有紀
寺島戦略社会保険労務士事務所 所長 社会保険労務士。
一橋大学商学部 卒業。
新卒で楽天株式会社に入社後、社内規程策定、国内・海外子会社等へのローカライズ・適用などの内部統制業務や社内コンプライアンス教育等に従事。在職中に社会保険労務士国家試験に合格後、社会保険労務士事務所に勤務し、ベンチャー・中小企業から一部上場企業まで国内労働法改正対応や海外進出企業の労務アドバイザリー等に従事。
現在は、社会保険労務士としてベンチャー企業のIPO労務コンプライアンス対応から企業の海外進出労務体制構築等、国内・海外両面から幅広く人事労務コンサルティングを行っている。
2020年9月15日、「IPOをめざす起業のしかた・経営のポイント いちばん最初に読む本」(アニモ出版)が発売されました。
その他:
2020年7月3日に「Q&Aでわかる テレワークの労務・法務・情報セキュリティ」が発売されました。代表寺島は第1章労務パートを執筆しています。
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