1.はじめに
令和3年9月にマイナンバー法が改正され、今までは認められていなかった「使用者等から他の使用者等に対する従業者等に関する特定個人情報の提供」が、従業員の合意を前提に、必要な範囲で実施できることとなりました。
従業員に給料を支払っている事業者は、その方たちのマイナンバーの適切な管理が必要です。事業者は提供を受けたマイナンバーを厳格に管理する義務があります。もしも、事業者が保管しているマイナンバーを流出してしまった場合は、事業者として、その責任を問われ、信頼 が大きく損なわれる恐れがあります。マイナンバーを取り扱うことで、トラブルが起きることがないように、対策をしっかりと取っておくことは、事業者自身のためにもなるのです。
今回は法改正の内容と企業の留意点を解説していきます!
2.そもそも、マイナンバー法とは?
マイナンバー法とは、正式名称を「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」といい、番号法などとも呼ばれます。マイナンバーは、社会保障、税、災害対策の3分野で、複数の機関に存在する個人の情報が同一人の情報であることを確認するために活用されます。社会保障、税、災害対策の3分野について、分野横断的な共通の12桁の番号を導入することで、個人の特定を確実かつ迅速に行うことが可能になります。
民間事業者でも、従業員やその扶養家族のマイナンバーを取得し、給与所得の源泉徴収や社会保険の被保険者資格取得届などに記載し、行政機関などに提出する必要があります。原稿料の支払調書などの税の手続では原稿料を支払う相手などのマイナンバーを取得し、取り扱うことになります。また、金融機関が作成する支払調書にもマイナンバーの記載が必要になります。
一方で、マイナンバーは法律や条例で定められた社会保障、税、災害対策の手続以外で利用することはできません。これらの手続で必要な場合を除き、仮に従業員などの同意があったとしても、民間事業者が従業員や顧客のマイナンバーの提供を求めたり、マイナンバーを含む個人情報の収集や保管をしたりすることもできません。
3.令和3年9月の法改正において企業が留意すべき内容とは?
民間事業者にとっては「使用者等から他の使用者等に対する従業者等に関する特定個人情報の 提供」が注目すべき改正点となります。
マイナンバー法上、個人から法人、法人から法人など、ある組織や個人を超えて情報を渡すことは、「第三者への提供」と整理されています。従来は、別会社であれば第三者提供に該当するため、提供することはできないとされていました。
ただ今回の改正において、従業員等の出向・転籍・再就職等があった場合において、当該従業員等の同意があるときは、従前の使用者等から出向・転籍・再就職等先の使用者等に対して、その個人番号関係事務を処理するために必要な限度で、当該従業員等の個人番号を含む特定個人情報を提供することができることになりました。
これは当該従業員等の同意を得た上で、行われるものです。そのため、従前の使用者等は、当該従業員等の出向・転籍・再就職等先の決定以後に、個人番号を含む特定個人情報の具体的な提供先を明らかにした上で、当該従業員等から同意を取得することが必要となります。
こちらに関しては、個人情報保護法第23条の共同利用の概念が用いられることに注意が必要です。また番号法は、個人情報保護法とは異なり、本人の同意があったとしても、利用目的を超えて特定個人情報を利用してはならないと定めています。
例)前年の給与所得の源泉徴収票作成事務のために提供を受けた個人番号については、同一の雇用契約に基づいて発生する当年以後の源泉徴収票作成事務のために利用することができると解される。
4.従業員の同意はいつどのように取得すればよい?
個人番号を含む特定個人情報の提供について、充分に配慮しなければならないのは、「従業者等の同意取得」の運用です。従前の使用者は、対象者の出向・転籍・再就職等の決定以後、本人が同意するために必要と考えられる合理的かつ適切な方法を取らねばなりません。
具体的には、どのような特定個人情報が出向・転籍・再就職等先の使用者等に対して提供されることになるのか、従業者等が認識した上で、同意に係る判断を行うことができるよう、出向・転籍・退職等前の使用者等は留意する必要があります。
従業者等からの同意の取得については、口頭による意思表示のほか、書面やメール、確認欄へのチェック、同意する旨のボタンによる入力など、様々な方法が認められています。
従来許可されていなかった法人等から法人等への情報提供が一定限度認められたということは事務手続きを簡便にするメリットがある一方で、本人への説明や同意の取得の適正な運用、また次にお伝えするような、認められた範囲内での個人番号の利用といったことに充分配慮しなければならないのはデメリットといえます。
5.企業が留意するべき点は?
個人番号は、番号法があらかじめ限定的に定めた事務の範囲の中から、具体的な利用目的を特定した上で、利用するのが原則です。
今回の法改正により提供が認められる特定個人情報の範囲は、社会保障、税分野に係る健康保険・厚生年金保険被保険者資格取得届、給与支払報告書や支払調書の提出など、出向・転籍・再就職等先の使用者等が「その個人番号関係事務を処理するために必要な限度」に限定されるため注意が必要です。
番号法は、個人情報保護法とは異なり、本人の同意があったとしても、利用目的を超えて特定個人情報を利用してはならないと定めています。したがって、個人番号についても利用目的(個人番号を利用できる事務の範囲で特定した利用目的)の範囲内でのみ利用することができます。
例)従業者等の氏名、住所、生年月日等や前職の給与額等
⇒社会保障、税分野に係る届出、提出等に必要な情報であることが想定されるため、提供が認められます。
前職の離職理由等の、当該届出、提出等に必要な情報であるとは想定されない情報
⇒提供は認められないと解されます。
前職で給与所得の源泉徴収票作成事務のために提供を受けた個人番号
⇒転職先で給与所得の源泉徴収票作成事務のために利用することができると解されます。
6.おわりに
本人同意をもとに出向・転籍・再就職等のタイミングで使用者間での個人番号を含む特定個人情報の提供が可能になったことは大きな改正ではある一方、実務としてこれらを行うには入念な準備と検討が必要だと考えます。
企業が適法にマイナンバーの収集、保管、利用、廃棄を行うためには、明確なルールの策定、周知、必要に応じた研修など、多大な労力が必要になります。自社の状況に合わせて、マイナンバー管理を外部の事業者に委託するということもご検討いただくことがおすすめです。(ただしその場合でも、 委託先の事業者が適切な安全管理を行っているか監督する義務があります。)
法改正を契機に自社のマイナンバー実務を点検し、事業のスムーズな運営、従業員の安心・利便性のアップに役立てていただけたら幸いです!
【執筆者プロフィール】
寺島 有紀
寺島戦略社会保険労務士事務所 所長 社会保険労務士。
一橋大学商学部 卒業。
新卒で楽天株式会社に入社後、社内規程策定、国内・海外子会社等へのローカライズ・適用などの内部統制業務や社内コンプライアンス教育等に従事。在職中に社会保険労務士国家試験に合格後、社会保険労務士事務所に勤務し、ベンチャー・中小企業から一部上場企業まで国内労働法改正対応や海外進出企業の労務アドバイザリー等に従事。
現在は、社会保険労務士としてベンチャー企業のIPO労務コンプライアンス対応から企業の海外進出労務体制構築等、国内・海外両面から幅広く人事労務コンサルティングを行っている。
2020年9月15日、「IPOをめざす起業のしかた・経営のポイント いちばん最初に読む本」(アニモ出版)が発売されました。
その他:2020年7月3日に「Q&Aでわかる テレワークの労務・法務・情報セキュリティ」が発売されました。代表寺島は第1章労務パートを執筆しています。
2019年4月に、「これだけは知っておきたい! スタートアップ・ベンチャー企業の労務管理ーー初めての従業員雇用からIPO準備期の労務コンプライアンスまでこの一冊でやさしく理解できる!」を上梓。
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